専門選考員が決まったのは昨年10月。その時点でプレシーズンの対象期間はほぼ終わっており、既に観終わった作品の中から各賞のノミネートを選ばなければならなかった。「そうと知っていれば、あれもこれも観ておきたかった」と思うことしきり。そんな状況ではあったが、印象に残った作品について書いておきたい。
まずは、『カム フロム アウェイ』。
すっかり虜になった作品。こっそりと「1人カム フロム アウェイ」をしてみた人は私だけではないはず…!
この作品は、キャスト全員が主役であり脇役で、繊細かつ強固なチームワークで織り成す物語が最大の魅力。それ故、ここから主演や助演の賞には選出できなかった。しかし、選考員の議論の中で、アンサンブル賞としてノミネートすることになった。これは、彼らのチームワークに対する最大の賛辞だと思っている。素晴らしい日本初演だった。
次に「作品賞・500席以下」の作品。
この部門に該当するような、小劇場のミュージカルが盛り上がってほしいと思っている。
『翼の創世記 Genesis of Wings』は、舞台美術と音楽と歌の力で、小さな空間に居ながら大空を感じさせる広がりがあり、小劇場でのミュージカルの可能性を感じた。劇場に響き渡るキャストの伸びやかな歌声は、天井を突き抜けて空へ舞い上がっていくような壮大さがあった。
そして、『Liebe ~シューマンの愛したひと~』は、下北沢のシアター711で上演していたのが衝撃だった。この劇場は、いわゆる小劇場演劇しかやらないのだと思っていたら、突然のミュージカル。あのステージで歌ったり踊ったり…。床が抜けるのではないかと少々心配になるくらいの勢いと力強さで、珍しい体験をすることができた。今後もこうした挑戦が続いていくと面白い。
最後に、2024年にミュージカルを世に届けた全ての皆さまに感謝したい。2025年はどんな作品に出会えるのか、とても楽しみにしている。
Musical Awards TOKYOプレシーズン、各賞のグランプリが発表になりました。受賞者の皆さま、そして受賞作品関係者の方々、おめでとうございます。また、この賞にお心を寄せてくださったすべての方に感謝いたします。ありがとうございました。
今から約5年前、2020年の2月頃から「コロナ禍」と呼ばれる世界的なパンデミックが起き、舞台芸術業界は大打撃を受けました。日本でも政府による緊急事態宣言の発令後、ほぼすべての劇場はクローズとなり、多くの演劇・ミュージカル作品が延期や中止に。事態が少し落ち着き上演が再開されてからも、開演直前の公演が実施不可になってしまったりと、さまざまな困難に見舞われたことは今も多くの方の記憶に残っていると思います。
2025年の今、舞台芸術業界が、そしてシアターゴアーたちが受けた傷が完全に回復したかというと、まったくそんなことはないと考えます。そんな中、幾度も劇場で人生を救われたひとりとして、こういう賞をきっかけに少しでも劇場に明るい灯をともし続けるお手伝いができればと思い、各賞の選考に参加させていただきました。
ここからはいくつかの賞の選考理由などについて触れさせてください。
日本で制作されたいわゆる“日本発のオリジナルミュージカル”が対象である<大賞>は『ゴースト&レディ』と『この世界の片隅に』で迷い、最終的には前者に1票を投じました。
『ゴースト&レディ』に票を入れた理由はさまざまですが、特に藤田和日郎氏の原作漫画『ゴーストアンドレディ』のミュージカルへの落とし込みが非常に巧みであったこと(原作の主要要素である「かち合い弾」や「キュレーター」の存在をカットし、代わりにエイミー、アレックスといったオリジナルキャラクターを登場させた)、楽曲の構成の素晴らしさ(効果的なリプライズ等)、そしてこの作品がミュージカルの観客層拡大に寄与した実感を得たことが大きな要因です。
よって<作曲賞>は富貴晴美さん、<編曲賞・音楽監督賞>は鎮守めぐみさん、<脚本賞(作詞を含む)>は高橋知伽江さんに票を投じました。脚本に関しては、作品の主軸キャラクターであり正しい道を進もうとするフローだけにスポットを当てるのではなく、「女であることは呪いだ」と業を背負うデオンや、フローの輝きに劣等感を抱くエイミーといったキャラクターにもフォーカスした点が今を生きる私たちへのエールであると受け取りました。
オリジナル、ライセンス作品に関わらず、500席以上の劇場で上演されたミュージカルが対象の<作品賞>で推したのは『カム フロム アウェイ』です。世界中が未曽有の混乱に陥った9.11を題材として扱いながら、目的地の空港に降りられず、カナダの小さな島で過ごすことになった飛行機の乗客と島の住民との温かくミニマムな交流を描いた本作。その日本版はすべてが完璧だと感じました。したがって<翻訳賞>は高橋亜子さんに投票しています。
また、『カム フロム アウェイ』は12人の俳優が約100役のキャラクターを演じ分ける構成ですが、日本のミュージカル界をリードする俳優陣が「全員が主役で全員がアンサンブル」を体現したことに最高の賛辞を贈りたいです、本当に素晴らしかった!よって<アンサンブル賞>も同作に入れましたし、12人のスタンバイを務め、稽古初日から大千秋楽まで作品と伴走した上條駿さん、栗山絵美さん、湊陽奈さん、安福毅さんのお名前は敬意をもってここに書かせていただきたいです。
500席以下の劇場で上演されたミュージカルが対象であるもうひとつの<作品賞>は『SMOKE』が受賞しました。浅草九劇という濃密な空間で紡がれる出演者3名の本作は各役が複数おり、さまざまな組み合わせが楽しめるといった趣向もとても興味深かったですし、大作でなくともロングラン公演は可能なのだと未来に希望を持たせてくれるミュージカルでもありました。
受賞は逃しましたが2023年12月に新国立劇場PITにて上演された『東京ローズ』についても書き加えさせてください。フルキャストオーディションで選ばれた6名の俳優が織りなす化学反応は凄まじかったです。また、2019年に英国で上演されたバージョンとは異なり、主人公の“東京ローズ”を6人がリレー形式で演じるという藤田俊太郎さんの演出には目を見張るものがありました。心から再演を希望します。
<演出賞>は『この世界の片隅に』をはじめ、多彩なミュージカル作品を手掛けた上田一豪さんが受賞されました。この1年の上田さんのご活躍は、圧倒的でしたので納得のグランプリです。<振付賞>はTETSUHARUさんがウィナーに。TETSUHARUさんが振付を担った『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』は再々演だったにもかかわらず、これまでの上演クオリティをさらに超えてきたと専門選考員の間で熱をもって語られた作品です。人間の内側から溢れるエネルギーがダンスという身体行動に一瞬で昇華・変容するさまは圧巻でした。<舞台芸術賞>の池宮城直美さんは、大きさが異なる劇場で作品それぞれの世界観を斬新に立体化した舞台美術が高評価に。今後のご活躍にも期待です。
<審査員特別賞>は、『ビリー・エリオット~リトルダンサー〜』に出演したすべての子役たちに。といいつつ、彼ら、彼女たちをつねにサポートしたスタッフ、大人キャストの皆さまにも大きな拍手を贈らせてください。一部中止となった前回公演を乗り越え、あの灼熱の夏から晩秋にかけて全公演完走を達成したカンパニーのパワー、素晴らしかったです。
2024年は意欲的な新作ミュージカルに加え、再演作品が目立った1年でもありました。今回の賞それぞれについて、再演作品においては前回上演のレベルを超えているかという点が評価のポイントだったと理解しています。また、個人的にはよりプロデューサーに注目する機会が増えた1年でした。
2025年、すでに魅力的な作品の上演も始まっていますが、どんなミュージカルが私たちの人生に忘れられない句読点を打ってくれるのか。批評的視点と胸の震えを共存させながら、劇場でその熱を受け取りたいと思います。
正式には次回が第一回となるMAT(ミュージカルアワーズ東京)だが、今回プレシーズンの各部門グランプリが発表されたことは、大変喜ばしく記念すべきスタートとなった。
なぜならこのMATがどのような演劇賞なのか、その性格づけや指針の印象になるからである。私はMATの「ミュージカルの「創る、観る、広める」を活性化…業界内の垣根を越えて…」に賛同して参加したのだが、業界内ではもちろん認知度も低く、おそらく取るに足らない「何者?」レベルの演劇賞であろう。しかし年明けに各部門のノミネート作品が発表された直後、ノミネート作品に関わる方々や作品をご覧になったファンの皆さまの喜びの声がネットに上がり、その反応には嬉しい手ごたえを感じたのだ。この2025年2月6日のプレシーズン授賞式は小さな一歩だが、将来「あの一歩は大きな一歩だったね」と振り返る未来を応援したいし、そう願ってやまない。
選評によせては、各グランプリ授賞はもちろん納得の結果である。そしてここに至るまでは部門によって難なく票を集めたもの、票が割れたもの、議論を交わす事で作品や個人への評価で自分以外の新たな視点を提示されたり、上位2作品での決戦も激闘の末、観客選考員からの支持を集めた作品に決定するなど、MATのめざす方向性が好ましく示された選考会となった。
ノミネートされながら惜しくもグランプリに叶わなかったもので、私が票を投じたのはたとえば作品賞(500以下)で『ラフへスト~残されたもの』。これはグランプリの「SMOKE」と同じ李箱(イサン)を題材にしたもので『SMOKE』は3人のキャストによる心理ミステリ的作品、『ラフへスト~残されたもの」』は4人のキャストによる芸術家を愛した妻の大河的ミュージカル。同じシーズンに同じ芸術家を少人数でという共通点を持つ作品が同時にノミネートされるのも珍しいのではないか。
助演俳優賞ノミネートの木下晴香氏(ファンレター)も私は「一番一枠!」の勢いで票を投じたが、ラフへスト同様グランプリに推しきれなかったのは一番の残念であった。
決戦投票で専門選考員、観客選考員ともに支持を集めたのは『ゴースト&レディ』『この世界の片隅に』『カムフロムアウェイ』、次に『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』『ビリー・エリオット』。ほか『イザボー』『ベートーヴェン』にも票が入った。あとシーズン滑り込みで開幕した『翼の創世記Genesis of Wings』を高く評価する意見もあった。そして個人的には大賞ノミネート作品『無伴奏ソナタ-THE MUSICAL』の誕生にも感嘆した。この才気溢れる美しい作品も機会があれば今後多くの方々に見ていただきたい。
これらノミネート作品並びにグランプリ作品を見ると「なるほどこの年はこんなミュージカルシーズンだった!」というラインナップになっているのではないだろうか。
今年もミュージカルという芸術の無限の可能性にわくわくしながら、新たな驚きと面白さ、感動する作品に出会い、出来うる最上の善良な観客でいたい。そしてこのMATが日本のミュージカル界隈で楽しみにしてもらえるアワードに成長されるよう応援したい。
本年は、大劇場で行われる規模の大きなミュージカルだけでなく、さまざまな規模で良質な作品が上演された印象であった。ミニシアター賞はノミネートされた全作品が受賞となったが、全作品がオリジナル作品であり、日本においても海外に誇ることができるオリジナル作品、それらの作品を作り出すクリエイティブチームが育っており、さらにはこれらのオリジナル作品を評価し、支える観客がミュージカルシーンを活性化させていることが伺われる。
大賞を受賞した『ゴースト&レディ』は漫画原作の作品であるが、既にモチーフが絵で描かれており、イメージが固定されている作品を、耳に残る主題歌に乗せて、イメージを損なわないまま別軸の物語として完成させた。
層の厚い俳優陣の中で、周囲を牽引し、ミュージカルファン以外の観客をもミュージカルに引き込む主演俳優賞受賞の井上芳雄、望海風斗の功績は大きい。また、助演俳優賞は候補が多く、ノミネートの際も、受賞者を決定する際も票が分かれた。受賞は逃したものの『プロデューサーズ』における新納慎也は、歌も身体表現もさることながら、場の空気を掴んで揺さぶる、唯一無二の存在感があった。また、女性俳優の活躍も特筆すべきである。新人賞の藤森蓮華のダイナミックな存在感、受賞には至らなかったが役にぴったり嵌った王琳のフレッシュな歌唱やダンスは、これからの出演作品でどのような成長を遂げるか楽しみである。
演出賞も層が厚く、選考が難しかった。『ウィリアムとウィリアムのウィリアムたち』において複雑な物語を華やかにわかりやすくまとめ上げた元吉康泰は受賞に至らなかったが鮮烈な印象を受けた。また、作曲賞、編曲賞・音楽監督賞でも特筆すべき作品が多くあった。『イザボー』『この世界の片隅に』の桑原まこも、今後の活躍が楽しみな若手の一人である。
翻訳賞のノミネートに、韓国作品が入ったことも特筆すべきであろう。英語だけでなく、今後世界中の言語のミュージカルが日本で上演されることも、日本オリジナル作品の台頭とともにミュージカル界を活性化させる大きな動力の一つとなろう。
今年はプレシーズンではあるがMATの初めての選考であり、あらためて日本のミュージカルに関わる方々それぞれについて取り上げ、議論する機会を持ち、日本のミュージカルシーンをけん引しているクリエイティブチームの層の厚さを感じた。現在まで様々な功績を残してきた先駆者から、新しい風を吹き込む新進気鋭まで、様々な才能が活躍する現在の日本ミュージカル界を誇りに思うとともに、今後どのような作品がこのような才能から生み出されるか、心待ちにしたい。
Musical Awards TOKYO 2024 プレシーズンの選考を通して、各作品のキャスト・スタッフ陣の活躍を振り返ってきた。それは日本のミュージカル界の才能豊かな人々の存在を改めて感じる、非常に充実した時間だった。
2024年を象徴していると感じたのは、『ゴースト&レディ』『この世界の片隅に』『カム フロム アウェイ』の3作品だ。日本発のオリジナルミュージカルである『ゴースト&レディ』と『この世界の片隅に』は、脚本・音楽・演出などどれをとっても緻密に作られた作品力の高いミュージカルであることが、最終的な評価に繋がったものと思われる。今回が日本初演となったブロードウェイミュージカル『カム フロム アウェイ』は、普段プリンシパルを務めるベテランキャスト陣がアンサンブルの役割を担うという新しい試みで見事なチームワークを作り上げ、作品の根幹のテーマをより深く魅せてくれた点を高く評価した。
主演俳優賞を受賞したのは井上芳雄と望海風斗。双方共に出演した『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』はもちろん、井上は『ベートーヴェン』、望海は『イザボー』で、いずれも主演として作品の魅力を底上げする圧倒的な実力を発揮していたことが受賞に繋がったと考えている。ちなみに、主演俳優賞と助演俳優賞を男女5名ずつノミネートしたのは、ノミネート候補選出の話し合いの場で生まれたアイディアだ。他の賞に関しても、可能な範囲で男女の偏りなく評価できるように選考を行ってきた。男女平等やジェンダーレスを謳うミュージカル作品が増えてきている昨今、作品を生み出す場もそうであってほしいという願いを込めている。
演出賞は、2024年に目覚ましい活躍をみせた上田一豪が多数の票を得て受賞した。演出賞の対象ではなかったが、ミニシアター賞を受賞した『Bye Bye My Last Cut』(作・演出:上田一豪)の繊細かつ丁寧でリアリティのある演出も心に残っている。小林香は惜しくも受賞ならずだったが、『王様と私』と『モダン・ミリー』における現代の価値観へのアップデートを試みた演出には、称賛を送りたい。
日本初のミュージカルアワードということで、今日に至るまでに様々な試行錯誤があった。最終選考時に過半数の得票でグランプリが決まった賞はほんの僅かで、多くの賞で票が割れた。そのため、専門選考員は各自選考理由を述べてプレゼンを行うなど、全員が納得できるまで話し合いを重ねて最終的なグランプリを決める過程があった。その際に大きな助けとなったのが、観客選考員による一票だ。観客選考員の方々にはこの場を借りて感謝申し上げたい。
今後もより良い選考方法を模索して柔軟に取り入れながら、ゆくゆくは日本のミュージカル界を活性化させる力を持つアワードへ発展させていきたいと思っている。
観客選考員の目線
まずは観客賞について。
ノミネートの通り、大型作品が名を連ねる結果とはなったが、実はほんの僅差で幾つかの小規模作品が次点となっていた。
例えば浅草九劇で上演された『春のめざめ』『SMOKE』や『ラフヘスト〜残されたもの』『ホーム』などがそうだ。他にも少ない投票数ながら多くの小規模作品がラインナップしていたので、観客選考員の目線も様々であることが伺えた。今後の観客選考員補充を経て、第1回では思わぬ作品が脚光を浴びるかも知れないと想像すると楽しみである。
続いてノミネート作品の決選投票の特徴的な要素を幾つか振り返りたい。
今回は観客選考員全体のトップ票が専門選考員の1票になる仕組みで実施した。
専門選考員と顕著に意見が分かれたのは作品賞の500席以下。専門選考員の意見が割れたのに対して、観客選考員からは圧倒的に『SMOKE』が支持され、これがグランプリ受賞の決定打となった。
またアンサンブル賞のグランプリは『カム フロム アウェイ』だったが、観客から圧倒的な支持を得たのは『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』だった。恐らくこの流れが藤森蓮華氏の新人賞グランプリにも繋がったのではないかと思う。
演出賞では上田一豪氏と僅差で小林香氏が支持されていたのも観客選考員の特徴と言える。
作曲賞は専門選考員同様、グランプリ受賞の富貴晴美氏とアンジェラ・アキ氏の一騎打ちのような様相だったが、僅かに多く富貴晴美氏が支持された。