専門選考員・詩梢希
まずは、この1年の印象について書いておきたい。
再演作品が目立つ1年だった。その中で、「これまで作品を創り上げてきたキャストとともに、果敢に挑戦する新キャスト」という構図が頼もしかった。主だったところでは、『ダンス オブ ヴァンパイア』の城田優、伊藤今人、武田真治。『フランケンシュタイン』の小林亮太、島太星。彼ら新キャストの登場により、作品の新たな魅力や解釈が引き出されていた。
また、久方ぶりの再演にもかかわらず、変わらぬキャストの姿にファンが沸いた作品もあった(『二都物語』)。
いっぽうの新作は、日本で制作された作品であっても、脚本や作詞が外国語の翻訳によるものがいくつかあった。本アワードの大賞の基準は「日本語で創作」となっており、これらの作品は大賞ノミネートの対象外だった。
それでは、各賞の選考にあたり私が感じたことを以下に挙げる。
まずは助演俳優賞。浦井健治のリューク(『デスノート THE MUSICAL』)は「参った」としか言いようがない。大胆な芝居で観ている人を惹きつけた。声色も巧みで、大きなダミ声と、それに対比した冷静なつぶやき。急変するトーンに、思わず「え?何?」と耳を傾けてしまう。上手く観客を巻き込む効果があったと思う。
他には、『Jeanne d’Arc -ジャンヌ・ダルク-』の多田直人。キャスト全員歌が上手く、いつも安定感がある劇団ミュの公演だが、彼は芝居がとても良かった。劇場の空間を支配する力があり、作品全体の説得力が増していた。
振付は、『ケイン&アベル』の斬新さが光った。ケインとアベルが第二次世界大戦に従軍していく様子を、ドラムのビートに合わせて簡潔に表現したのは見事だった。あくまで個人の見解だが、冒頭の「ポーランド・ソビエト戦争」で、攻めてくるロシアの兵士が一斉にコッキングハンドルを引く動作をしたのには、「なるほど、装備がAKだからか」と、合点がいった。
そして、舞台美術の山本貴愛。『ワイルド・グレイ』では、回転する建物のセットや移動する街灯が面白かった。佐藤啓の照明と合わせて、妖しく幻想的な世界が作られていた。
『ワイルド・グレイ』と言えば、東島京の熱演も忘れがたい。開幕およそ1か月前に出演が発表されたにもかかわらず(キャスト交代による)、その姿はワイルドを惑わす美少年そのもので、甘えた声のトーン、未熟な癇癪、隠すことのないロスへの嫉妬と対抗心には舌を巻いた。
『ワイルド・グレイ』は今回、演出賞も受賞しているが、この演出賞の選考で評価が難しかったのは『LAZARUS -ラザルス-』。最終選考はこの2つで意見が割れた。『LAZARUS -ラザルス-』は、ある種前衛的な作風で進行するミュージカルで、それを作品として完成させた白井晃を評価する意見と、『ワイルド・グレイ』の人間ドラマとしての創作を評価する意見があった。僅差で根本宗子が受賞となった。
『イリュージョニスト』は、アンサンブルが観客を煙に巻くことに一役買うという、この作品ならではの変わった役割を担っていた。ネタバレ解禁後にアンサンブルに関する考察を読んでは「そうなっていたのか!」と思ったものだ。アンサンブル賞で『イリュージョニスト』と競ったのは『ある男』。こちらも僅差での決定だった。
最後に、ミニシアター賞に輝いたGroup Bの『檸檬SOUR』。この作品は「ワンアクト・ミュージカル・フェスティバル」で上演された3作品のうちの1つ。梶井基次郎の『檸檬』と居酒屋のレモンサワーという、およそかけ離れた2つの世界がシンクロする。その観点が面白い。配布された資料で、開演前に梶井の『檸檬』を読むことができたおかげで、作品の構成が理解しやすかった。帰路につくとき、自然と足取りが軽くなるような爽やかな作品だった。
専門選考員・上村由紀子(演劇ライター)
2025年、日本のミュージカルシーンを振り返るキーワードのひとつが「女性のエンパワーメント」であったと思います。その先陣を切ったのが『SIX』でした。
『SIX』は「英国史上、もっともスキャンダラスな暴君」と囁かれるヘンリー8世の6人の元王妃たちが現代によみがえり、まるでロックライブのように「誰が1番悲惨な人生だったか」を歌で競い合うという構成です。物語が展開する中で6人が「ちょっと待って、ヘンリーの元妻たちって括りで争うと、主語は私たちじゃなくてアイツになっちゃうんじゃない?」と覚醒し、自分の主人は他の誰でもない自分、どんな人生も自らで選び取れるのだとパワフルに歌う姿にはこれ以上ないエネルギーをもらいました。
また、これまでさまざまな作品をその実力で支えてきた12人の俳優(日本版ダブルキャスト)が厳しいオーディションを勝ち抜いて舞台に立ち、そのことが集客においてもネガティブにならず、むしろ追い風になったことは、国内のミュージカルシーンにおけるエポックメイキングになったとの実感もあります。これらのファクターも加味して海外発の作品では『SIX』を推しましたし、土器屋利行さんの翻訳・訳詞はまったくノッキングが起きず、作品のクオリティに大きく貢献していると感じました。
『SIX』が勢いづけた「女性のエンパワーメント」を加速させたのが実在の人物をモチーフに制作された『コレット』と『マリー・キュリー』です。『コレット』荻野清子さんの楽曲は、日本のオリジナルミュージカルとはいい意味で一線を画す心地よさと洗練された空気感を宿し、片田舎で育ち、夫の支配下にあったひとりの女性が作家としての道を進む姿を音楽の力でまっすぐ観客に届けてくれました。
『マリー・キュリー』は再演作品のため、作品賞へのノミネートは規定外ですが、子どものころ、何ひとつ不思議に感じず彼女のことを「キュリー夫人」と呼んでいた私たちに強烈なカウンターをお見舞いしてくれた1作だと捉えています。彼女は誰かの夫人、妻である前に“マリー”という名を持つひとりの人間だったのだと当たり前のことを思い知らされ、『SIX』とのリンクも感じました。この他『エリザベート』や『バグダッド・カフェ』なども女性の魂の自立やシスターフッドを描いた作品ということで、そのタイトルをここに刻みます。
新規の観客やライト層といわれる人たちがミュージカルに興味を持ち、劇場に足を運んでくれる作品を上演することも業界を枯渇させないための大切な方法のひとつ。その視点から、漫画を原作に、これまでアニメ化や実写ドラマ化もされた『昭和元禄落語心中』と『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の上演には大きな意義がありました。
日本の古典芸能である落語をめぐる人々を描いた『昭和元禄落語心中』は当代の人気ミュージカルスターを配し、ライト層からシアターゴアまで多くの人から支持を得ましたし、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は他のミュージカル作品に比べ、明らかに男性、それもアラフォー以上の観客が多いとの実感がありました。劇場を作品仕様にリニューアルしての無期限ロングラン上演からは、この作品を入り口として他作品にも足を運んでほしいという劇団四季の揺るがない思いも感じます。「未来を変えられるのは自分」「夢をあきらめない」とのメッセージも今の時代だからこそ、より強く響きました。
ミニシアター賞、東のボルゾイ『ウテルス』からは、2020年代後半の今とは異なる=現代口語演劇勃興以前の雑多ともいえる小劇場の匂いを受け取って興味深かったです。作曲を担った久野飛鳥さんらによる生演奏の音楽も印象に残りましたし、島川柊さんが紡いだ上演台本が岸田戯曲賞にノミネートされたことにより、団体への注目度がより高まるのではないかと考えています。
俳優各賞はほぼ全員一致で決まったところもあれば、票が割れたところもありました。この7、8年でもっとも勢いよくミュージカルスターの階段を駆け昇り、3作のミュージカルでまったく異なる芝居を魅せてくれた松下優也さん、同じく3作品において主演と助演の両方で作品に貢献した明日海りおさんのおふたりは素晴らしい活躍だったと思います。山西菜音さん(音楽座ミュージカル)は『リトルプリンス』王子役で初主演。その嘘のない演技に期待の若手としてお名前を挙げました。助演俳優賞のウィナー、浦井健治さんと濱田めぐみさんには、それぞれの確固たる実力と個性で、主演も助演も両方担える俳優として、今後もミュージカルの世界をけん引していただければと願っています。
まだすべての脅威が去ったわけではありませんが、日本のミュージカル界でもアフターコロナ時代に向けてさまざまな動きが表面化してきたように感じています。今後、加速する円安傾向の影響もあり、国内オリジナルミュージカルの制作はますます活発になっていくと予測しますし、優れた劇作家(脚本家)、作曲家、演出家がストレートプレイや小劇場の世界からミュージカルの創作現場に飛び出してくるでしょう。
この混沌とした時代、劇場でどんなエネルギーが生まれ、私たちの人生にどのような糧を与えてくれるのか、2026年も客席で目撃していきたいと思います。
専門選考員・白川蒼
第一回Musical Awards TOKYO 2026 各賞ノミネート及びグランプリを受賞された皆さま、おめでとうございます。
この選評によせた原稿を実は授賞式の直前に私は執筆している。そこで昨年のプレシーズン授賞式の夜を思い出すのだ。年明けに各部門のノミネート作品が発表された直後から、作品関係者の方々や作品をご覧になったファンの皆さまの喜びの声、それらの反応に嬉しい手応えを感じ、更にグランプリを受賞された方々のスピーチに感動し、本アワードの最初の一歩がこの先も続きますように、更に大きくなりますようにと星に願いを託した夜。そして、この第一回Musical Awards TOKYO授賞式は、会場が紀伊國屋サザンシアターになり、一般観覧席も設けられ、司会は上田一豪さんとシルビア・グラブさん!プレシーズン授賞式からさらに豪華になっているご様子。そんな幾重にも心躍るであろう授賞式の場面で、グランプリの皆さまのお喜びの第一声の瞬間を、私はなにより楽しみにしている。受賞者の皆さま、誠におめでとうございます。
第一回(2026年)の選考会の印象を一言で表現するなら、「割れた」「荒れた」選考会であったということ。「割れた」は票が分散した、「荒れた」は評価が拗れた、という意味である。いくつもの部門で「今年はこれだ!」と皆が一致する突出した結論が出なかったのである。私が高評価したものが他の選考員には響かず、別の作品ではその逆も然り。よってノミネートの段階から議論が重ねられ、ようやくノミネート一覧が決まり安堵したものの、更に決戦投票においてもぎりぎりまで議論が必要な選考会となったのである。以下、各賞についていくつか記載しておく。
大賞は「昭和元禄落語心中」「コレット」の一騎討ちとなった。人気漫画原作の「落語心中」は、二次創作ではアニメ化ドラマ化がすでに好評であったため、大いに注目と期待を集めた大型新作ミュージカル。私は芝居と音楽の塩梅の良さ、落語の高座場面でのミュージカルならではの外連味の面白さや、バラエティーに富んだ楽曲、明日海りお、山崎育三郎、古川雄大らの好演と人情ものとしての見どころも含めて、他のノミネート作品より高評価をつけて、票を投じた。なにより日本文化を扱った和物ミュージカルの本作誕生に今後の大いなる可能性を感じたのだ。一方でミュージカル作品としての質の高さ、音楽、テーマの描き方、洗練さ、いずれも「コレット」が上であるという意見もあったが、ここは辛くも「昭和元禄落語心中」がグランプリとなった。
主演俳優賞は松下優也さんと明日海りおさん。決戦投票では有澤樟太郎さん海宝直人さんにも票が入ったが、「ケイン&アベル」「キンキーブーツ」の勢いでノミネート段階から松下優也さんの評価は高く圧勝であった。助演俳優賞では「デスノート」でリュークを演じた浦井健治さんがノミネート段階から評価が高く、そのままグランプリを獲得した。女優は濱田めぐみさん、ソニンさん、saraさんに票が割れた。「ウェイトレス」での恋愛に奥手な女子、「ある男」でみせた健気な未亡人の佇まい、(個人賞ノミネートにはないがSIXでの活躍)で今年はソニンさんに、と私は票を投じた。決戦の議論は濱田さんとソニンさんに集中して結果、「イリュージョニスト」で圧倒的な世界観を牽引した実力が評価されて濱田めぐみさん、本邦DIVAに納得の授賞となった。後ここで触れておきたいのは「UNDER THE MUSHROOM SHADE」の加藤梨里香さん、木内健人さん、吉沢梨絵さんである。作品が大賞、作品賞(500以下)、脚本賞、編曲音楽監督賞でノミネートされながら、演じたキャスト3名が全く評価されていないということではない。むしろこの3名のキャスティングあってこその各部門のノミネートの快挙であったと言っても過言ではない。しかし、各部門賞のノミネートに入るのに最も層が厚いのは、個人の主演助演俳優賞で、事前ノミネートアンケートにはもちろん彼らの名前も入れていたが、ノミネート選考の時点で大きな作品で好演された俳優らに阻まれた結果となった。
あと今年度の話題の新作「ある男」が決戦投票で無冠となった。これも先述した「割れた」「荒れた」選考の産物で、アンサンブル賞では「イリュージョニスト」「ある男」、作曲賞では荻野清子さん「コレット」、ジェイソン・ハウランドさん「ある男」、マイケル・ブルースさん「イリュージョニスト」、振付賞では青山航士さん「イリュージョニスト」、松田尚子さん 「ある男」と、どの部門賞もグランプリと拮抗する高評価であったが、決戦投票での一騎討ちにぎりぎり受賞を逃した惜しい無冠であったことも記しておきたい。
ほか 「SIX」やオリジナルの 「ジャンヌダルク」を高評価する意見、「ワイルド・グレイ」の美術も含めた霧の街と男たちの破滅を美しく描いた世界観や演出などが、選考員の中で高評価を集めたことが印象的な選考会であった。また選考に重視したのは、観客選考員の皆さまの一票であった。議論が難航した際には一度落ち着いて(観客選考員はどうご覧になったのだろう、評価されたのだろうか)と立ち返り、皆さまの票に思いをはせて、それがどの部門賞においても選考の大きな力となった。観客選考員の皆さまの熱い思いに心からお礼を申し上げます。
最後に個人的に触れておきたいのは、作品賞(500以下)と演出賞の2部門でノミネートされた國武逸郎さんの 「舞姫」である。森鷗外 「舞姫」を原作に豊太郎とエリスの悲恋と欧州の内戦による難民の姿との2軸をクロスさせた作品。小劇場上演でありながら、大劇場でのグランドミュージカルにも化けそうな大きな可能性を秘めた本作は、街の片隅で見つけた原石のような珠玉の逸品である。グランプリは逃したものの、小さな劇場で短い上演期間という観客動員数に限りのある中、2部門ノミネートは快挙であった。MATは、大小にかかわらず、そして作品や俳優のみならずミュージカルになくてはならない制作に関わるクリエーターやスタッフも含めて称えるアワードである。これらグランプリのラインナップが「なるほどこの年にこの作品が生まれたのだな」「この俳優が活躍されたのだな」「そう、あの脚本が、舞台芸術が、日本語翻訳が実に秀逸であった」 「アンサンブルが神がかり的であった」など、ミュージカルシーンを鮮やかに振り返り、毎年楽しみの話題になり…この「MAT」Musical Awards TOKYOがそんな皆さまに愛されるアワードに成長されますことを願い、ミュージカルに携わる全てを今後も応援したい。
専門選考員・藤田香織
本年はプレシーズンに続き、記念すべき第一回のシーズンであった。本アワードの大賞の授賞対象となる、日本発のオリジナルミュージカルは比較的少なかったが、大賞を受賞した昭和元禄落語心中やコレット、梨泰院クラス等、大規模な作品だけでなく、Jeanne d’Arc -ジャンヌ・ダルク、UNDER THE MUSHROOM SHADEといった小規模の劇場でも力強い、良質なミュージカルが制作され、上演されたことを心強く感じた。
オリジナル作品ではないが、作品賞500席超及び観客賞を受賞したSIXは、男性中心の歴史(His story)のなかで添え物かつ被害者として扱われてきた女性が、自分自身の物語を語りなおすという作品のメッセージを、日本での作品作りの中で再構築することに成功した。キャスティング、翻訳賞を受賞した⼟器屋利⾏氏の翻訳、制作や広告宣伝、観客の期待と感想すべてが合致して、SIXの日本での上演それ自体が我々日本の観客をエンパワメントしたと言えよう。
作品賞500席以下はワイルド・グレイが受賞したが、他のノミネート作品も完成度の高い良作であった。特にJeanne d’Arc -ジャンヌ・ダルクは、百年戦争を走り抜けたジャンヌダルクの物語を、みずみずしく描いた。鎌田雅人氏の曲の力もあり、作品としての完成度が高かった。また、新人賞にノミネートされた川嵜⼼蘭氏の熱演も新鮮であった。
新人賞、主演俳優賞、助演俳優賞いずれも綺羅星のごとき才能が連なっていることに心躍る。特に、助演俳優賞の浦井健治、主演俳優賞の松下優也は、多くの選考員の強い支持により選出された。また、本アワードは、主演・助演俳優や演出家だけでなく、賞レースに取り上げられないことも多い編曲・音楽監督賞や振付賞、舞台芸術賞にも光を当て、多くの時間を当てて選考がなされた。特に編曲・音楽監督賞はノミニー全員が素晴らしく、選考が白熱した。アンサンブル賞のイリュージョニストは、まさにアンサンブルの名の通り、調和がとれ、作品に合致したアンサンブルで作品の土台を固めていた。なお、アンサンブル賞はスウィングも含んでいる。これは、舞台全体の土台となるアンサンブルにはスウィングの役割も必要不可欠であると考えたからである。
ミュージカルのあらゆる才能に光を当て、日本発のオリジナルミュージカルをエンパワメントする本アワードが、日本のミュージカル界の様々な才能を後押しすることができるよう望むものである。
専門選考員・松村蘭
大劇場で全身で浴びるオーケストラの壮大な音楽、ストレートに胸に響く感情が込もった圧巻の歌声。小劇場という濃密な空間だからこそ感じ取れる、役者の細やかな表情や息遣い。ミュージカルには大小それぞれの良さがある。劇場の規模と作品性がマッチすることで、相乗効果となってより魅力的な作品が生まれるのだろう。前回のプレシーズンの大賞には客席数500席超の作品がノミネートされたのに対し、今回は大小様々な劇場で上演された作品の名前が挙がった。Musical Awards TOKYOが、多彩なミュージカル作品を知るきっかけになったら嬉しく思う。
記念すべき第1回で大賞を受賞した『昭和元禄落語心中』は、落語とミュージカルを掛け合わせて生まれた意欲作。日本のオリジナルミュージカルを作りたいという、山崎育三郎の強い想いから実現した企画だった。日本で活躍するクリエイター陣を集め、日本ならではの魅力を取り入れた音楽など、“日本発”であることへのこだわりが随所に感じられる作品に仕上がっていた。重厚な愛憎劇をショーアップして描きエンターテインメント性を高めたことで、ミュージカルに馴染みがない層にもアプローチできたのではないだろうか。日本のオリジナルミュージカルの可能性を広げた大きなチャレンジに、敬意を表したい。
一方、『梨泰院クラス』『イリュージョニスト』『ケイン&アベル』『ある男』など、海外と日本のクリエイター陣がコラボレーションしてオリジナルミュージカルを制作する動きも目立っていた。いずれも魅力的な作品であったが、本アワードで大賞にノミネートするには「創作時のオリジナル言語が日本語で作られた初演作品」という定義がある。脚本が日本語で書かれていないためにノミネートできなかった作品もあり、その点は少々もどかしさを感じた。とはいえ、海外クリエイターを交えた創作は日本のミュージカル界にとって大きな刺激や学びになるはずだ。文化の違いや言葉の壁など困難もあると思うが、国境を越えたミュージカル制作もぜひ続けていってほしい。
作品賞(500席超)と観客賞の双方で大賞を受賞した『SIX』は、2025年のミュージカルの顔と言ってもいいだろう。名実ともに納得のキャスティング、連日チケット完売の興行的成功、日本カンパニーによるロンドン公演上演の快挙など、日本ミュージカル界に“her-story”を刻んでくれた。選考過程で『SIX』キャスト全員を主演俳優賞にという意見も出たほどだったが、他作品との兼ね合いやトロフィーを全員分準備しきれないという諸事情から実現しなかった。ちなみに『SIX』の特定キャストを主演俳優賞に挙げることは、作品が持つメッセージ性に反することになるためあえてしていない。
作品賞(500席以下)では、白石朋子が初めて脚本・作詞・演出を手掛けた『UNDER THE MUSHROOM SHADE』を推薦させてもらった。日常に潜む身近なテーマ、心の奥深くに響く優しい音楽、小劇場の特性を活かした空間作り、3人の役者が紡ぐ繊細な芝居など、それぞれが効果的に作用し合っていたと思う。ヤマハの音響システムの導入により、没入感の高い音の響きを生み出していたことも評価した。今回は受賞ならずだったが、小劇場ならではの魅力を改めて教えてくれる質の高い良作だった。
主演俳優賞と助演俳優賞は、いずれも初役での功績を称えた結果のノミネートだ。特に松下優也は他部門の得票結果と比べても最も得票数が高く、文句なしの受賞と言えるだろう。授賞式の会場で松下の名前が挙がった瞬間、客席からは一際大きな歓声が沸き起こっていた。松下は前回のプレシーズンでは助演俳優賞にノミネートされており、今回『マリー・キュリー』での助演を評価する声も少なくなかった。主演・助演のいずれでも力を発揮することができる、今最も波に乗っている俳優のひとりだ。
残念ながら今回はノミネートに及ばずだったが、個人的に注目していたのは木内健人の活躍だ。『SPY×FAMILY』で急遽代役としてロイド・フォージャーという大役を務め、彼自身のコメディセンスが光るハマり役に仕上げていた。2026年に上演される続編『SPY×FAMILY 2 爆弾犬篇&豪華客船篇』で同役にキャスティングされていることからも、彼の実力が評価されたことが伺える。『UNDER THE MUSHROOM SHADE』では、控えめで心優しい青年ロン・ハートを演じ、これまでの役の印象を覆す新しい顔を見せてくれたことも印象に残っている。
2025年のミュージカル界の出来事として、今回のアワードには登場していないが『ジャージー・ボーイズ』におけるNew Generation Teamの誕生にも触れておきたい。2016年の日本初演からアンサンブルキャストとして作品を支え続けてきた大音智海、加藤潤一、石川新太、山野靖博らが抜擢されて誕生したこのチームは、日本のミュージカル界における希望の光となった。下積み時代を経てスターダムを駆け上がっていく作品のストーリーとも見事にリンクした、作品愛を感じる企画でもあった。New Generation Teamという名の通り、今後のミュージカル界での新世代の活躍にも期待したい。
Musical Awards TOKYOは、正直まだ様々な面において発展途上だ。実績も知名度もなく、限られた有志のスタッフたちがゼロから立ち上げ、駆け回りながら作っている。次回に向けて進む前にまずは第1回を振り返り反省し、できるところから改善していきたい。より良いアワードを作るために選考員として何ができるのかを考えながら、2026年も少しでも多くの劇場へ足を運びたいと思う。
Musical Awards TOKYO 準備室
今年のノミネート会議は、再演作品が多いため新作の選択肢が少ないというところから議論がスタートした。
そんな中で観客選考員から圧倒的な支持を得たのは『ケイン&アベル』と『SIX』。『ケイン&アベル』がノミネーションでは一部の部門に留まったのに対して観客目線では推したい作品となった。
次点で『イリュージョニスト』と『ボニー&クライド』が入る中、500席以下で割り込んできたのが『ワイルド・グレイ』と『リトルプリンス』。
最終的に『ワイルド・グレイ』は複数のグランプリ受賞に繋がったが、何よりも特筆すべきことは、観客賞の中では、日本語で制作された作品の中で唯一上位に食い込んだ作品が『リトルプリンス』であったということだろう。大賞のグランプリ受賞となった『昭和元禄落語心中』よりも支持を集めたことは、今後の中小劇場クラスのミュージカル作品にとって大きな希望であったかも知れない。
しかしリニューアルされているとは言えこの作品は既に実績を持つ演目。多くの観客に中小劇場で上演される日本のオリジナルミュージカルにもっと注目していただける機会が必要かも知れない。